大判例

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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)31号 判決 1998年7月09日

原告

甲野太郎

被告

日本弁護士連合会

右代表者会長

小堀樹

右訴訟代理人弁護士

山川隆久

松村龍彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告の平成九年三月三一日付け弁護士名簿登録請求について、被告が平成一〇年一月二七日付けでした決定を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、平成二年四月一日から平成九年三月三一日までの間、香川大学法学部及び同大学大学院法学研究科教授の職に在った原告が、横浜弁護士会を経て、被告に対し、弁護士名簿登録請求をしたところ、被告が同請求を拒絶するとの決定をしたため、原告においてその取消しを求めた事案である。

二  前提事実

(末尾に証拠の表記のないのは、当事者間に争いがない事実である。)

1  原告は、東京大学教養学部を昭和三二年三月に卒業し、同年四月以降、別紙のとおりの経歴を有している。(乙二)

2  原告は、平成二年四月一日から平成九年三月三一日までの間、香川大学法学部及び同大学大学院法学研究科教授の職に在り、租税法を担当していた。

3  原告は、横浜弁護士会を経て、被告に対し、弁護士名簿登録の請求(以下「本件請求」という。)をした。(乙五の一、弁論の全趣旨)

4  被告は、平成一〇年一月二七日、本件請求を拒絶するとの決定(以下「本件処分」という。)をし、原告に対しその旨及びその理由を書面で通知した。

三  争点

1  本件処分をするに当たり、被告が原告に対し陳述の機会を与えなかった違法があるか。

(原告の主張)

被告は、平成一〇年一月二七日付けの決定に至るまでの間、原告に対し、本件請求を拒絶すること及びその理由を告げて、予め原告に陳述する機会を与えなかった違法がある。

(被告の主張)

被告は、原告に対し、平成九年七月一六日付け、同月一八日到達の書面で資格審査会での審査開始及び証拠書類の提出並びに陳述の機会が与えられることを通知し、同年一〇月三〇日付け、同月三一日到達の書面で原告の陳述及び資料提供を求めており、原告は実際に資料を提出するとともに、資格審査会に出席して陳述しているから、違法はない。

2  原告が香川大学及び同大学大学院で担当していた租税法は、弁護士法五条三号に規定される「法律学」に当たるか。

(原告の主張)

弁護士法五条三号は五年以上法律で定める大学の学部、専攻科又は大学院において、法律学の教授又は助教授の職に在った者は弁護士となる資格を有すると定めているところ、原告は前記のとおり五年以上香川大学法学部及び同大学大学院法学研究科教授の職にあり、基本的実体法、手続法を前提としてのみ成り立つ租税法を教えていたのであるから、原告が弁護士となる資格を有することは明らかである。被告の資格審査会の議決書は、借越にも、租税法学会の第一人者である原告の研究活動にまで言及している。弁護士法五条三号を被告主張のように解釈すると、憲法の規定する職業選択の自由を侵害することになる。

(被告の主張)

弁護士法五条は、「司法修習生の修習を終えた者は、弁護士となる資格を有する。」と定める同法四条の例外規定であり、その法意は、同法五条各号に定める者は、司法修習生の修習を終えていないものの、これを終えた者と同等の法律専門家・実務家としての実質を有すると考えられるためである。そして、同法五条三号の趣旨は、一定の人的及び物的な設備のある大学の学部、専攻科又は、大学院で法律学を五年以上教授する職に在った者であれば、実定法一般に通ずる基本的な法律的思考様式を体得する等し、相当な範囲で法律実務家としての必要な程度の知識を有すると合理的に期待されるため、司法試験の合格及び司法修習の終了を要せず、弁護士資格を付与しようとするものである。したがって、ここにいう「法律学」は、全ての法律学をいうのではなく、弁護士の職務を行うのに必要な基本的実体法又は手続法あるいはこれらの習得を前提とするものと明らかに認められる法律学に限られると解すべきである。

原告は、香川大学法学部において租税法の講義、プロゼミ及び租税法演習を、同大学大学院において租税法特殊講義及び演習を担当していたが、いずれも特定された領域における租税制度、租税法における限定された論点の検討がその内容であり、またその著作や論文も、租税裁判例の紹介が主たる内容のものや、租税制度を論じたものである。したがって、これらを総合すると、原告が基本的実体法及び手続法を習得し、法律実務家として要求される能力、識見を有することを基底として講義等を行っていたと認めることはできないから、原告が大学で担当していた租税法は、弁護士法五条三号の「法律学」に該当しないというべきである。

第三  争点に対する判断

一  (争点1について)

乙第五及び第六号証の各一・二並びに弁論の全趣旨によると、被告は、原告に対し、平成九年七月一六日付けの「審査開始通知書」と題する書面で、被告の資格審査会による審査を開始したこと、証拠書類及び証拠物を提出することができる旨及び申立てがあれば書面又は口頭で意見を述べる機会が与えられることを通知し、その書面は同月一八日に原告に送達されたこと、また被告は、原告に対し、同年一〇月三〇日付けの書面で、弁護士法五五条二項に基づくことを明示して、日時・場所を定めて原告の陳述及び資料提供を求める旨の通知をし、その書面は同月三一日に原告に送達されたこと、そして原告は指定された日時・場所で行われた資格審査会に出席して、資料を提出するとともに意見を陳述していることが認められる。

右事実によると、予め原告に陳述する機会を与えなかったということはできないから、原告の主張はその前提を欠くものというべきである。なお、原告は、被告において、陳述する機会を与える際、本件請求を拒絶すること及びその理由を告げなかった違法がある旨主張するかのようであるが、被告は、原告の陳述内容や原告から提出される資料を検討して、その後に本件請求の当否を決定するものであるから、その結論を予め告げなかったことは当然であり、主張自体失当である。

二  (争点2について)

1 弁護士法四条は弁護士となる資格を有する者を原則として司法修習生の修習を終えた者としているのに対し、同法五条はその特例を設けたものであることは、その規定の順序や文言自体から明らかである。そして、同法は、その一号が最高裁判所裁判官の職にあった者、その二号が司法修習生となる資格を得た後、簡易裁判所判事、検察官その他一定の法律専門の公職にあった者を掲げているところからみても、同法は右特例を認める者について、相当高度の法律的素養の備え、少なくとも司法修習生の修習を終えた者と同等の法律専門家、実務家としての能力を有することを要求しているとみるべきである。

弁護士法五条三号が一定期間、所定の大学等において、法律学の教授又は助教授の職に在った者に弁護士となる資格を認めたのは、一般的には、かかる者は、憲法、民法、商法、刑法等の基本的な実体法及び民事訴訟法、刑事訴訟法の手続法につき法律的素養を身に付け、その専攻分野のみならず相当な範囲において、法律実務家として必要とされる程度の知識を有していると推認されるからであると解される。しかしながら、法律は極めて広範な分野に及ぶのであるから、法律学を担当する教授又は助教授の職にあった者の全てが司法修習生の修習を終えた者と同等の法律実務家としての能力を有することを期待できないことも明らかである。

このように考えると、教授又は助教授の職にあった者が担当していた法律学が弁護士法五条三号にいう「法律学」に該当するというためには、担当していた法律科目が、法律実務家として基本的な実体法及び手続法に属するか又はこれらを前提とし、これと密接不可分の内容を有していたことが必要であると解される。けだし、弁護士名簿に登録され、その業務を開始した場合は、直ちに依頼者の要求に対応しなければならないところ、もし前記のような基本的実体法及び手続法の法的素養がないときは、依頼者に対し損害を与える危険性があるからである。原告の担当していたのは租税法であるが、同法の対象とする範囲は広いから、直ちにこれを前記の法律学と認めることはできない。

2  乙第二及び第三号証、第四号証の二、第七及び第八号証並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和三二年三月、東京大学教養学部を卒業し、以来、別紙のとおり、国税庁、国税局を中心に勤務し、昭和五九年七月から平成二年三月末日まで国税不服審判所において国税不服審判業務に当たってきた。

(二) 原告は、平成二年四月一日に香川大学教授に転任し、同大学法学部において租税法、プロゼミ及び演習を担当し、また同大学大学院において租税法特殊講義及び演習を担当した。

租税法の授業及びプロゼミにおいては、「税制改革論の世界的潮流と租税法学の世界的展開」のタイトルのもとに「社会・経済の国際化の進展と税制の世界的潮流」「最近における重要租税判例の動向と租税法学の展開」「消費税の原理・原則をめぐる諸問題」「租税法上の所得概念と税制改革論の世界的展開」「国際化税の動向と税制の国際的調和」「二一世紀の税制のあり方に対する提言」の項目があり、租税制度論を中心に授業計画が立てられており、演習においても同様である。また、大学院における租税法特殊講義も税制改革論を中心に右と同様の講義要目による研究が計画されていた。これらの講義や演習においては、自己の著作にかかる「重要租税判例と租税法」「税制と重要判例」がテキストないし参考書として用いられていた。

(三) 原告が著作し、講義や演習において参考書等として用いている「税制と重要判例」と題する書籍をみると、保険金、出向者の給与負担金、土地に関する整地等の費用等、各種案件の税務上の取扱いを説明したものが中心である。また同書籍においては、租税に関する裁判例を多く取り上げているが、その取上げ方は、「この問題については…判決があります。」として、その裁判例を口語調に直してそのまま紹介する内容であり、そのほとんどは前記の案件に関する特殊問題である。

3 右2の認定事実からすると、原告が香川大学において担当していた租税法の講義等の内容は、原告が同大学教授に就任する以前の国税庁、国税局及び国税不服審判所等での職務経験をそのまま生かした租税制度論を中心とするものであり、その講義等に参考書として使用された自己の著作にかかる書籍も各種案件の税務上の取扱いを中心とするものであって、基本的実体法及び手続法を前提とし、これと密接不可分の内容を有するものとはいえず、弁護士法五条三項に規定される「法律学」に当たらないというべきである。

なお、原告は憲法の職業選択の自由の規定違反をいうが、司法修習生の修習を終えた者のほか、誰に弁護士となる資格を与えるかは立法政策の問題であって、違憲の問題は生じない。

三  その他、被告のなした本件処分について、取り消すべき事由を見い出すことはできない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷澤忠弘 裁判官小林登美子 裁判官一宮和夫)

別紙<省略>

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